現場で実際にあったAIの話|第3話
「AIを使わせてください」と言われた管理職が、一番困っていたこと
生成AIを使えば仕事が速くなると分かっていても、管理職は簡単に利用を認められませんでした。 AIを止めたかったのではなく、安心して許可するための材料がなかった。 社員とは反対側にいた管理職の立場から、実際に起きた出来事を振り返ります。
この記事は、私が実際に職場で見た出来事をもとにしています。 会社名や人物を特定できないように、一部の表現を調整しています。
私は、管理職がAIを嫌っているのだと思っていました
以前の私は、会社が生成AIの利用を止めるのは、管理職が新しいものを受け入れたくないからだと思っていました。
便利になることを拒否している。
今までのやり方を変えたくない。
そんなふうに見えていたのです。
しかし、あの出来事を近くで見ていて、その考えは少しずつ変わりました。
管理職が止めていたのは、AIそのものではなかったのです。
社員の言い分は、よく分かりました
生成AIの利用を止められた社員は、チームリーダーに自分の考えを伝えました。
「生成AIが利用できなければ、生産性が落ちます」
「仕事が予定どおり終わらなくなる可能性があります」
「それでもよいのであれば従います。そうでなければ、利用を認めてください」
その人は、仕事を楽にしたいだけではありませんでした。
議事録やメールの下書き、VBAやマクロの改善など、AIに任せられる仕事を効率化し、本当に考える必要がある仕事へ時間を使いたかったのです。
その気持ちは、私にもよく分かりました。
チームリーダーの回答も、間違ってはいませんでした
一方で、チームリーダーは、ルールがない状態では会社として責任を持てないと答えました。
もし、顧客情報が入力されていたら。
もし、社員の個人情報が外部サービスへ送られていたら。
もし、AIの誤回答がそのまま社外資料に使われていたら。
問題が起きたときに説明を求められるのは、実際にAIを操作した社員だけではありません。
利用を認めた管理職や会社も、なぜその使い方を許可したのかを問われます。
便利だから使ってよい。
その一言だけでは、判断できなかったのです。
管理職は、何を守ろうとしていたのでしょうか
部下から、「この方法なら早く終わります」と提案された経験はないでしょうか。
その方法が便利であることは理解できる。
提案した人の能力も信用している。
それでも、すぐには許可できないことがあります。
何か起きたときに、他の社員にも同じ使い方を認めるのか。
誰が確認し、誰が責任を持つのか。
管理職は、一人の社員だけではなく、組織全体で運用できるかを考えなければなりません。
あのときのチームリーダーも、社員を信用していなかったわけではないと思います。
会社として説明できない状態で、利用を許可することができなかったのです。
二人は対立しているようで、目指しているものは同じでした
社員は、生成AIを使って仕事を予定どおり進めたい。
管理職は、会社に問題が起きない形で仕事を進めたい。
言っていることは反対に見えます。
しかし、二人とも仕事を止めたいわけではありません。
「仕事をきちんと進めたい」という目的は同じでした。
違っていたのは、見えているリスクでした。
社員には、AIを使えないことで失う時間が見えていました。
管理職には、AIを使うことで起きるかもしれない問題が見えていました。
どちらか一方が正しいのではありません。
それぞれの立場から、別の危険を見ていたのです。
管理職が欲しかったのは、利用したいという熱意ではありませんでした
その社員は、生成AIパスポートを取得し、自分で利用ルールを作りました。
入力してはいけない情報。
AIの回答をそのまま使わないこと。
出力内容を人が確認すること。
問題が起きたときの対応。
それまでの会話は、「使いたい社員」と「認められない管理職」のやり取りでした。
利用ルールが提出されたことで、管理職は初めて具体的な内容を確認できるようになりました。
「このルールなら、運用できるかもしれない」
管理職が求めていたのは、AIを使いたいという強い思いではありませんでした。
安心して「使ってよい」と言える材料だったのです。
会社の考え方が、急に変わったわけではありません
その後、会社はまず、その社員本人に生成AIの利用を認めました。
さらに、社員が作ったルールの考え方をもとに、会社全体の利用ルールが整備されました。
そして、全社員が生成AIを使えるようになりました。
会社が突然、AIに積極的な組織へ変わったわけではありません。
管理職が安心して利用を認められる状態が、少しずつ整っただけでした。
禁止から利用へ変わるために必要だったのは、会社を強く説得することではありませんでした。
会社が判断できない理由を、一つずつ減らすことだったのです。
「管理職が理解してくれない」と感じたときに考えたいこと
会社で新しい提案をしたとき、「上司は何も分かってくれない」と感じることがあります。
私も、そのように思ったことがあります。
しかし、相手が反対しているように見えても、本当にその提案自体を否定しているとは限りません。
何か起きたときの責任が分からない。
社内で共通して使える基準がない。
安全だと判断する材料がない。
そのために、動けないことがあります。
「なぜ分かってくれないのか」と考えるだけではなく、「相手は何を心配しているのか」と考える。
この違いが、会社を動かす最初の一歩になるのだと思います。
管理職もまた、AIを止めたい人ではありませんでした
第1話では、生成AIの利用が止められた出来事を紹介しました。
第2話では、一人の社員が会社を動かした行動を紹介しました。
そして今回、私が伝えたかったのは、管理職もまたAIを止めたかったわけではないということです。
社員には、仕事を効率よく進めたい理由がありました。
管理職には、会社を守らなければならない理由がありました。
立場が違えば、見えている景色も違います。
その景色を理解しようとしたことが、利用ルールを生み、会社全体の変化につながりました。
次回予告|第4話
AIが使えるようになって、一番変わったのは「仕事の速さ」ではありませんでした
次回は、生成AIによって短縮された作業時間ではなく、 その社員が本当に取り戻したかった「考える時間」について紹介します。
第4話を読む会社で生成AIを安全に活用するために
会社で生成AIを導入するときは、現場の便利さだけでなく、管理職が安心して利用を認められるルールが必要です。
このサイトでは、情報漏えい、個人情報、著作権、AIの誤回答など、生成AIを安全に使うための基礎知識を初めて学ぶ人にも分かりやすくまとめています。